ソーシャルメディアを深く考えていると、社会的な絆や関係性が、貨幣的な価値を持つことに
気づいてくる。
で、貨幣を基に回っているように見える現在の社会システムが
変わるといういう言説が多数でてくる。
一瞬私もそう思ったのだが、
貨幣や従来の社会システムから、信頼や絆、友愛を基に動く社会にシフトするというのは
誤解であると思っている。
もともと、貨幣がそれ単体で成立しているように認識していることが誤りで
それを保証する国家が存在しており、国家は結局は人で構成されているのだから
当然人間のコミュニケーション機能(言語のやり取りや社会な儀礼の交換・交流)
を媒介として、信頼や人間関係で貨幣は存在しているのである。
ただし、貨幣は数値化された情報であるから、郵便システムや電信・電話の発達で
人の間にあった存在から、人から切り離された独立した存在のように動くことが
できるようになったのである。
ゆえに、貨幣やそれによって構成される資本の非人間性がクローズアップされることと
なり、「お金じゃなくて、幸福を追求するんだよ」という話にジャンプしている
のだが、社会と貨幣との関係性が再構築されることによって、貨幣を指標とした
経済活動が無価値になるのではなく、経済活動に、おいて、社会との関係性と
貨幣がリンクした新しい形が生まれてくることなのではないだろうか?
つまり、お金から精神や人間性へというシフトではなく、
お金に、人間関係や気持ちが付加されるという流れになると見ている。
お金が情報化によって、人間関係や社会から独立したような存在に見られていたが
さらなる情報化で、人間や社会関係に埋め戻されることになるのである。
ムハマンド・ユヌス氏が、
「みんな資本主義の力を限定的に捉えすぎてる。
もっと新しい発想があれば、寄付やボランティアではなくビジネスで
世の中は変えられる」
という趣旨の発言をセミナーでおっしゃていた。
私は
「金から絆へ」では、なく
「絆ある金へ」なんだと考えている。
ただし、金・貨幣を、国家がすべてを保証する時代は終わり、
企業や個人、地域共同体、ネット共同体など「絆ある金」を保証する
単位もどんどん生まれて来ている。
地域通貨など既に、その芽は開いており、これから樹となり新たなエコシステム(経済)
を作るのである。
それらが、国家の通貨やポイント、マイレージなどと輻輳的に絡み合い、従来の
人間関係から切り離された貨幣を再び人間関係に埋め戻す道のりを今歩いているのだろう。
書いてみて思ったが、当たり前すぎておもしろくない結論だな。
いずれにせよ、友愛だけ訴えてもだめで、「絆ある金」をどう生み出すのか?
グラミン銀行などを参考に考えていきたいと思う。
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