Wednesday, October 31, 2012

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/06/08/10264

Tuesday, May 15, 2012

言語化、図版化することが、仕事

高度な専門家。
横断的な知識を持っていて、専門知識が翻訳できるつなぎ役。
両立することが望ましいが
脳の使う部位が違うのか、両立はできない。

検索は、探すべき言葉が分かれば、いい検索はできるが
そもそも何を検索すればいいかわからない

人の脳の記憶は、さまざまな情報が別の場所に収納してあって
それを瞬時に引き出して統合するマッシュアップ方式なので
統合したイメージを伝えることが一番重要なのだが、
専門的な知識は、高度に言語化、数値化されてしまっているので
瞬時にイメージ化することが難しい。

ここに、チャンスがあると思うのでした。

Monday, May 14, 2012

客から主人へ(客体から、主体へ)

電脳喫茶☆電脳酒場「めいどりーみん」に行って来た。
http://www.team-lab.com/news/index.php?itemid=831

チームラボがプロデュースしたメイド喫茶なわけだが、
そもそもメイド喫茶そのものが初めてなのである。

一人で行けるわけもなく、たまたまfacebookでイベントの
お誘いを受けたので参加した。

発見があった。

ご主人様=お客様ではない。

主体的に、めいどりーみんの世界に入り込む
主人公なのである。

メイドは、一見、主人公のように見えるのだが、
実は、小道具であり、名脇役なのだ。

一番の主役は、ヲタと呼ばれる熱心なご主人様。

彼らは、メイドのステージに合わせ一心不乱に
すごい踊りをおどりまくる。

その瞬間、彼らは日常生活から脱出し、
めいどりーみんの主人公に変身している
のだ。

このように、

費用を支払う人を「外部存在の客」ではなく
「内部化する(一体化する)主体」を見なして
マーケティングを行うことが
今後ますます重要になると思った。

ロッテの背番号26のように、外部の費用を払う人
をチームメンバー化し、一体化した世界・価値を提供
すること。

そのために、いかに外部の人を客からご主人様へ
マインドシフトさせるか、これは、エンゲージメントでは
なく、ユニフィケーション、コンジェクションなどと
いった世界になるんではないか?

そして、お客から、ご主人様の関係を築くには

1.世界観があわない人が来ない仕組みをつくる
*もしくは、価値観を変える
2.参加儀式を用意して、マインドシフトを強制化する
*音楽を聴く、衣装を着る、
3.ご主人様が主役化する瞬間をつくる
*一緒に、歌う、体を動かす、撮影をする。

などである。
列記すると分かるのだが、キリスト教の布教活動であり
学校の制度がこれにあたるのがわかる。

そもそも人類にあったコミュニティーである血縁的なムラ
とは別に、後から発明されたコミュニティーとして
宗教があるのだ。
結局は、ある世界観・物語を作り、共有することで、人は生きてゆくし
これが、発展する社会の構造である。(発展する社会は安定性が
低く、バブル状態を引き起こしたり、破壊的な戦争を引き起こしたり
するが、これも、物語の副作用である。)

だからといって、ご主人様になるのは楽しくて、家で、じーっと家族と
いるだけだと、西洋近代に犯されてしまった脳としては
物足りなくなってしまうのでした。

Thursday, April 12, 2012

評価経済とかの雑感

ソーシャルメディアを深く考えていると、社会的な絆や関係性が、貨幣的な価値を持つことに 気づいてくる。

 で、貨幣を基に回っているように見える現在の社会システムが 変わるといういう言説が多数でてくる。 一瞬私もそう思ったのだが、 貨幣や従来の社会システムから、信頼や絆、友愛を基に動く社会にシフトするというのは 誤解であると思っている。
 もともと、貨幣がそれ単体で成立しているように認識していることが誤りで それを保証する国家が存在しており、国家は結局は人で構成されているのだから 当然人間のコミュニケーション機能(言語のやり取りや社会な儀礼の交換・交流) を媒介として、信頼や人間関係で貨幣は存在しているのである。 
ただし、貨幣は数値化された情報であるから、郵便システムや電信・電話の発達で 人の間にあった存在から、人から切り離された独立した存在のように動くことが できるようになったのである。 
ゆえに、貨幣やそれによって構成される資本の非人間性がクローズアップされることと なり、「お金じゃなくて、幸福を追求するんだよ」という話にジャンプしている のだが、社会と貨幣との関係性が再構築されることによって、貨幣を指標とした 経済活動が無価値になるのではなく、経済活動に、おいて、社会との関係性と 貨幣がリンクした新しい形が生まれてくることなのではないだろうか?

 つまり、お金から精神や人間性へというシフトではなく、 お金に、人間関係や気持ちが付加されるという流れになると見ている。 お金が情報化によって、人間関係や社会から独立したような存在に見られていたが さらなる情報化で、人間や社会関係に埋め戻されることになるのである。

 ムハマンド・ユヌス氏が、
「みんな資本主義の力を限定的に捉えすぎてる。 もっと新しい発想があれば、寄付やボランティアではなくビジネスで 世の中は変えられる」
という趣旨の発言をセミナーでおっしゃていた。

 私は
 「金から絆へ」では、なく
 「絆ある金へ」なんだと考えている。
 ただし、金・貨幣を、国家がすべてを保証する時代は終わり、 企業や個人、地域共同体、ネット共同体など「絆ある金」を保証する 単位もどんどん生まれて来ている。 地域通貨など既に、その芽は開いており、これから樹となり新たなエコシステム(経済) を作るのである。 

それらが、国家の通貨やポイント、マイレージなどと輻輳的に絡み合い、従来の 人間関係から切り離された貨幣を再び人間関係に埋め戻す道のりを今歩いているのだろう。

 書いてみて思ったが、当たり前すぎておもしろくない結論だな。 

いずれにせよ、友愛だけ訴えてもだめで、「絆ある金」をどう生み出すのか? グラミン銀行などを参考に考えていきたいと思う。